長野家族サービスツアー1

これまでのあらすじ:
 遺産相続で共闘していた父と叔母(父の兄の配偶者)は遺産相続後もちょいちょい遊びに行ったりしていた。
 このコロナ禍で年寄り友達とつるんで遊びに行くのが難しくなっている昨今、遊び相手がいるのはいいことだ。

 

 何より叔母さんのオゴリなのがデカい。
 向こうはあんまり娘夫婦から孫に還元したりしておらず、金が余っているらしい。
 ならばこちらが有効利用して世間に還元した方がいいのだろう。
 うちは俺しか車の運転ができないので叔母が運転してくれるのはありがたいし。
 俺も忙しかったりでいろいろと状況が把握できない。

 

父「来週、北海道に行ってくる」
俺「北海道のどこに?」
父「さあ?」

 

 ……さあ、とは?

 

俺「北海道と言うからには3泊くらいするのでは? 1泊や2泊では元が取れないのでは?」
父「話し合った結果、熊野にした」
俺「北海道とえらい違いだな? しかし熊野なら俺も行きたい。おごって」

 

 こうしてこるもの先生は熊野古道の資料を集めた。

 

俺「そもそも熊野三山とは修験道の……山の神と海の神と……熊野古道平安装束コスプレ屋! ええと午前と午後と予約で……」
父「あ、熊野、取りやめになった」
俺「は?」
父「叔母さんが急に寝込んで」
俺「まあ……あんたより年上だしな……コスプレ屋を予約する前でよかった」

 

~8月~

 

俺「ああ修羅場が忙しい忙しい」
父「突然だが明日熊野に行くことにした」
俺「……は?」
父「那智の滝にだけ日帰りで」
俺「は、はあ」

 

~次の次の日~

 

父「はい、これ、昨日のお土産、きびだんご」
俺「……那智勝浦は和歌山では?」
父「うん、岡山に行った」
俺「よく考えたら叔母さん、免許返納しなきゃいけない年齢じゃないのか!?」

 

 この噛み合わなさに何だか恐ろしいものを感じたので修羅場が明けたら俺の運転で旅に出ることになった。
 もう信じられる手段は自分でハンドルを握ることだけだ。
 なお、父は去年無理矢理認知症検査に連れていって「年相応に物忘れが激しいがそんなもんです、次は2年後」の診断が出ていた。
 元々運転免許を持っていない。
 叔母さんは知らん。娘夫婦が何とかしてほしい。

 

俺「で、熊野?」
父「いや、長野県に行きたい」
俺「何でこれまでと違う地名が出てくるんだ……?」

 

 しかし父は元々山男で日頃、長野の話はよくしていた。
 60代で体力の衰えを自覚して引退しただけで。
 まあ山の麓ならいいか。
 どうせ長野なんて電車で行っても現地で車が必須になるのに決まってる。俺は詳しいんだ。

 

姉「でも長野の道とか細いんじゃないの?」
俺「最近はナビの道幅指定をちゃんとするようになった。俺はこないだ伊豆に行ったばっかりだし東は足利まで行ったことがある。針インターを制した俺を信じろ。で、長野のどこに行きたい?」
父「長野と言っても諏訪大社は別にいらん」
俺「そうだな。俺も行ったし4つも行かなきゃならんし。じゃ松本城善光寺、戸隠」
姉「安曇野大王わさび農場」
俺「……わさび?」
父「大王わさび農場」

 

 ……昔から父はよく俺らを盆栽展に連れていった。
 俺は全く盛り上がらなかったが、姉は適応して今に至る。
 桜の花見に行って酒を飲むのではなく花の品種を気にするのはこの人たちくらいである。

 

俺「……もしかして君ら、俺の企画の神社仏閣参りはあんまりお気に召してない……?」
父「いや、まあまあ」
姉「松本城は階段が嫌」
俺「はい。俺も城の違いはそんなに知らないです。とにかく行きたい場所をこのGoogleマップのマイマップに登録して共有してください。俺はわざわざ長野まで2泊3日で行くからには目的がほしい」
姉「はい」

 

姉「この地獄谷源平ラインというのを登録したのはキミ?」
俺「いやまあ何となく参考に……」
姉「これ、長野じゃなくて富山だからね」
俺「はい」

 

 その後、これがとても車で行けない登山道の目印であったことが判明する。

 

俺「ややこしいから何かもうさっさと9月19日とかに行っちゃったりする? 1日目はどうせ高速に乗るばっかりだから祝日とか関係ない」
姉「残念ながら台風直撃だ。それどころじゃない」
俺「はい」
姉「次の週も天気が悪くてイヤだがこれ以上待てん」

 

 ということなどあって、26日出立となった。
 当日。

 

俺「車の旅は荷物が重くなってもかまわないという利点があるので飲み物をスーパーなどで安く買って車に積んでください。コンビニでトイレ借りると何か買わなきゃいけないのでそのときに飲み物を買うが、パーキングエリアはトイレ使っても必ずジュースを買わねばならないわけではないのでスーパーや酒屋の安いのを買って持っていく」
姉「トイレ近くなったらまずいからあんまり飲み物飲まない方がいい?」
俺「逆。1日中車に乗ってると最悪、エコノミークラス症候群になるので血栓を作らないようにじゃぶじゃぶカフェインと水分を摂って1時間1回休憩を入れてパーキングエリアのトイレで関節の曲げ伸ばしをしろ。俺たちは若くないし糖尿病で頻尿だ。あと、初日は旅館で豪華な晩飯を食うのが確定しているので昼は雑に各自、パーキングエリアでラーメンやコロッケなど食べるように」

 

 なので、高速道路に乗るとナビの計算する到着時間+2時間くらい読んでおくべきだ。

 

俺「俺は運転席に2つあるドリンクホルダーの片方をゼロコーラなどのカフェイン飲料、片方を真水にしている」
姉「えっ冷えてない真水は無理。麦茶じゃないと」
俺「……だから我が家にはやたらと麦茶のペットボトルがあったのか……」

 

 家でも沸かしているのになぜ外で麦茶の600mlボトルを買うのか不思議だった。
 さて出立。

 

姉「ああっ!」
俺「な、何? 忘れ物?」
姉「スムーズに高速に乗った!」
俺「……カーナビに従っただけだが?」

 

 なぜかチート主人公のような扱いを受ける俺。

 

姉「名神高速に乗ったー!」
俺「関西から東に向かうんだから当然だろう……君らは叔母さんの車でどんな目に遭ったんだ……叔母さんはそもそもナビも使えているのか……?」
姉「あのナビ、北が下向きに表示されるのが慣れなくて」
俺「普通、ナビは進行方向に向いて画面が回転するのでは……ていうかこのナビ、いつも新名神でいきなり道を忘れて発狂するのに今日は名神高速だな!? 機械の分際で人を乗せるときだけ格好つけやがって!」

 

 初日はともかく、帰りにナビが新名神を避けたのには理由があった。

 

俺「フツー大阪に近づくのに渋滞する、名古屋を通るのに渋滞する、というのはあるけどこれは静岡の洪水の影響あんの? てか明日(2022/9/27)は高速生きてんの?」
姉「行き先が長野でよかったよな」

 

 何となく気になって途中パーキングエリアで買った。
 ものすごく細長い餡入り餅で、運転しながら片手で食べる想定?
 不思議な食べ物だった。

 

 道中、岐阜県で一口ずつラッピングされた栗きんとんが各店ごとに山積みになっているという光景に出会う。
 今、岐阜県中津川が栗きんとん発祥の地ということで激推ししているらしい。
 一軒だけ超絶売り切れていた。
 1個250円くらい。やっぱりお高いけどアイス1個丸々食うほど腹が減っていないときには丁度いいサイズ感。

 

 岐阜県のどこかで自分のためにシャレオツな500円のういろうセットを買ったはずなのになぜか帰宅した今に至っても荷物の中に見つからない。

 

 長野県に入った途端、信玄餅はそのまま、雷鳥野沢菜とおやきと鹿・猪ジビエ土産が出現。
 雷鳥キャラはどう扱ってもかわいい。
 ここのソフトクリームがメチャ濃厚でうまい。
 400円もしたが、信玄餅アイスが350円でそっちを選ぶと日和っているような気がした。
 信玄餅の勢力圏はいつの間にか赤福級になっていた。
 天気予報はどんどん台風と無縁になり、秋空が澄んでいて山々の稜線が美しいが、いかんせんパーキングエリアなのでトラックがメチャメチャ写真に写り込む。

 

 さて。鎌倉時代直前、平家は木曾義仲の台頭を見すごすことができず北陸攻めを敢行。
 数万騎の軍勢を派遣するが、数で劣る木曾義仲に惨敗。
 特に砺波山の戦いは「親と子、兄弟が互いに先を争って谷に落ち、平家軍の屍で谷が埋まった」と言われるほどであった。
 しかし当時の記録は大体鎌倉の北条氏が残したもの以外、京都在住の貴族が書いていたため京を離れた戦場で具体的にどのような戦術が取られたか詳細は不明で、現代の歴史家たちはこれといって勝因・敗因を断定できなかった――

 

丸1日高速道路で甲信越を突っ走った俺「関西から300kmも400kmも遠征してきた先のアウェイで勝った後の報酬も特に約束してないのに、兵站があって士気の高い現地民に勝てると思う方がおかしいんじゃ!」

 

 冷静に考えると木曾義仲も水島や宇治川などのアウェイでは負けていたのでものすごい天才ではなかったのかもしれない。

 

 夕方頃になって安曇野で高速を下り、黒部アルペンルートを臨む大町温泉郷を目指す。

 

俺「第一蕎麦屋発見! 第一わさび屋発見!」
姉「蕎麦屋はともかくわさび屋!? わさび専門店でやっていけるのか!?」
俺「いけるらしいぞ、この道メチャわさび屋の看板ある! ……【たぬき】って看板あったぞ、たぬきの何!?」

 

 後でググったら単にそういう名前の食堂があるらしい。

 

俺「【BIG、17km先】って一体何なんだよBIG……」

 

 イオン系列の複合店舗らしい。
 全国的に見かける大型の電気屋、ディスカウントストア、牛丼屋、コンビニが立ち並ぶ幹線道路沿いを走ったが、本物の都会より随分歯抜けに思える不思議な道沿い。
穂高城」が城の形をした寿司屋の類であることはまあ大体わかる。
(※その後、ググったら旅館だった)
「アルプス座禅」の謎の看板、これだけ唯一ググっても正体がわからなかった。
 ロシア柳生っぽいアルプス座禅。

 

俺「……常々疑問だったが日本アルプスって日本にヨーロッパのアルプス山脈の存在が知られる前は何て呼ばれてたんだ?」
父「ええと、飛騨山脈木曽山脈赤石山脈だが明治になってイギリス人が日本アルプスと称して以来そっちの方が有名に」
俺「外圧かよ。日本にしかいないのになぜか外国人の名前がついてるシーボルトミミズとかシュレーゲルアオガエルとか」
姉「むしろそっちは外国人が名前つけるまではどうしてたの?」
俺「フツーにミミズとかカエルとか呼んでて種類まで記録してなかったんじゃないの。俺、アマガエルとシュレーゲルアオガエルの見分けつかんし」

 

参考:
アマガエルとアオガエルの見分け方 - 広島大学デジタル博物館

広島大学デジタルミュージアム www.digital-museum.hiroshima-u.ac.jp  


俺「地上(※高速道路でない場所の意)でガソリンを入れなければならない。高速道路のガソリンスタンドは足許を見て鬼みたいな高値を吹っかけてくる、さっきレギュラー187円とかだった」

 

 2022年はウクライナ情勢や円安の影響があるので日記にもガソリンの値段を書いておこうと思った。

 

俺「今すぐ入れるわけじゃないからとりあえずガソリンスタンドの看板を見て相場を観察してくれ」
姉「安曇野メチャ安い、レギュラー会員価格167円……リンゴ!」
俺「何て?」
姉「木にリンゴが生っている! 初めて見た! リンゴ狩りがしたい!」
俺「……え?」
姉「リンゴ狩りじゃ!」

 

 こうしてハンドルを握っている俺にはよくわからない理由で、突如姉が「リンゴ」しか喋らなくなった……
 続く!